小さな灯りをつなぎ、まちの未来を描く−WELAGOメンバーと巡った、山形の場づくり #2
株式会社Yugeと歩いた、蔵王温泉・高湯通り
2026年7月26日から28日までの3日間、WELAGOの運営や活動に関わるメンバーで、山形県を訪れました。今回の旅のきっかけとなったのは、山形市蔵王温泉でまちづくりに取り組む株式会社Yuge共同代表・井上貴文さんの存在です。

井上さんとは以前から交流があり、WELAGOの3周年イベントにも伊豆大島まで足を運んでいただきました。知り合った当初、井上さんから聞いたのは、蔵王温泉の高湯通りで、後継者不足や遊休不動産といった課題に向き合いながら、温泉饅頭茶屋や宿泊、飲食などの小さな拠点をつくり、まち全体の再生に取り組んでいるという話でした。
一つの大きな施設ですべてを変えようとするのではなく、小さな灯りを一つずつともし、それらを線へ、やがて面へとつないでいく。その実践を、いつか自分たちの目で見てみたい。そんな思いが、今回の視察へとつながりました。
そして、山形は伊豆大島にとって、決して縁のない土地ではありません。東京都大島町と山形県山形市は、昭和53年に友好都市の盟約を締結しています。海に囲まれた伊豆大島と、山々に抱かれた山形。異なる自然環境の中で育まれてきた二つの地域の関係を、今度は地域づくりに関わる私たちの視点から、現在へつなぎ直すことができないだろうか。そんな思いも、この旅の背景にありました。
今回参加したのは、WELAGOを運営する株式会社フロンティアコンサルティングの稲田さん、大前さん、守屋さん、株式会社TIAMの千葉(筆者)と空、トウオンデザインの千葉れみさん、そしてWELAGOとの共同研究に関わる武蔵野美術大学4年の江口さんです。
山形視察レポートの第2回では、井上さんたちが活動する蔵王温泉・高湯通りを歩き、遊休不動産を起点に、小さな拠点を地域全体へつないでいく株式会社Yugeの取り組みを紹介します。
地元の人と歩くことで、まちの時間が見えてくる
山形市街地から車で蔵王温泉へ向かいました。山道を登っていくと、少しずつ空気が変わり、緑の濃さが増していきます。今回の視察の大きなきっかけとなった井上さんたちが活動する場所へ、ようやくたどり着きました。

株式会社Yugeは、蔵王温泉の高湯通りを中心に、遊休不動産の活用や、飲食、宿泊、物販などの拠点整備に取り組むまちづくり会社です。
高湯通りでは、共同代表の岡崎博門さんにご案内いただきました。
スキー場と温泉街が隣接し、秋には美しい紅葉も楽しめる蔵王温泉。1990年代には、バブル景気やスキーブームを背景に、多くの人で賑わったといいます。しかし、近年は少子高齢化や事業承継の難しさなどから、使われなくなった建物も見られるようになりました。Yugeは、そうした遊休不動産を再び使える場所へ変えることを、まちづくりの最初の一手としています。

蔵王温泉で生まれ育った岡崎さんと歩く高湯通りは、初めて訪れた私たちだけでは得ることのできない、多層的なまち歩きとなりました。
私たちが趣のある建物や路地として通り過ぎてしまう場所にも、岡崎さんの目を通すと、かつてそこで商売をしていた人の顔や、賑わっていた頃の風景、事業を続けることが難しくなった背景が重なって見えてきます。
一軒の空き家を、単に使われていない不動産として捉えるのではない。その場所に積み重ねられてきた人の営みや、地域の記憶、周囲との関係まで含めて、次の世代へ何を残すのかを考える。地元の人が本気になって取り組むまちづくりとは、建物や事業だけをつくることではありません。人的資本や文化的資本、そしてその土地に脈々と積み重ねられてきた時間までも含めて、未来へつないでいく営みなのだと感じました。
一つひとつの「点」を、まちの魅力へ

Yugeの取り組みで印象的なのは、一つの大規模な施設ですべてを変えようとしていないことです。遊休不動産を活用し、そこへ関わる人の個性を生かしながら、役割の異なる小さな拠点を少しずつつくっていく。一つひとつの「点」をつなぐことで通りに人の流れを生み、やがて地域全体の面的な魅力へ広げていく。
訪れた人が一つの施設にとどまるのではなく、まちを歩き、別の店へ立ち寄り、地域の人と出会う。そこから人と人のつながりや、新たな活動、豊かなコミュニティが生まれていく。
井上さんのお話からは、遊休不動産を再生すること自体が目的なのではなく、そこに関わる人の営みを通じて、まちの個性を育てようとする姿勢を感じました。
温泉街へ滲み出すための宿「三浦屋」
この日の宿泊先は、高湯通りの中心にある「三浦屋」でした。
三浦屋は、事業承継が難しくなり廃業した後、長年にわたって使われていなかった旧旅館です。飲食、物販、簡易宿泊の機能を持つ複合施設として再生されました。
改修は必要以上に建物を新しく見せるのではなく、もともとの設えや時間の痕跡を生かしながら、最小限にとどめられています。

新しいホテルのような均一な快適さとは異なりますが、温かみのある客室で過ごしていると、どこか懐かしく、温泉街の暮らしの中へ少しだけ入り込んだような気分になりました。
施設を管理する横山さんの気さくな人柄と優しさも、滞在をより温かなものにしてくれました。
井上さんは、私たちが三浦屋を離れた後、次のようなメッセージを送ってくださいました。
「三浦屋は事業承継が難しく廃業した後、長年にわたり誰も手をつけない空き施設となっていた建物です。素泊まり・簡易宿泊としており、また事業再生の速度感を重視した面もあり、設備面やホスピタリティ面で十分でない点もあったかと思いますが、ご満喫頂けていたら嬉しく思います。」

そこには、現在の三浦屋を完成形として美しく語るのではなく、できていることと、まだ十分ではないことの両方を受け止めながら、まずは建物に再び人の気配を取り戻そうとする実直な姿勢が表れていました。
完璧になるまで扉を閉じて待つのではなく、まず動き始めることを優先する。使いながら課題を見つけ、少しずつ改善していく。地域の現場で変化を起こすために必要な、現実的な速度感を感じました。
三浦屋の宿泊は、食事や大浴場などの機能を館内ですべて完結させる一般的な旅館とは異なります。宿泊者が共同浴場へ出かけ、飲食店を訪ね、高湯通りを歩く。施設の中にすべてを揃えるのではなく、あえて余白を残すことで、訪れた人をまちへ送り出します。
足りないものを欠点として埋めるのではなく、地域との接点に変える。
その発想には、一つの施設だけではなく、地域全体の賑わいを考えるYugeの姿勢が表れていました。
過去の記憶を、新しい体験へ
三浦屋1階の「喫茶乾燥室」も、施設の考え方を象徴する場所です。
もともとは、宿泊者のスキーウェアなどを乾かすために使われていた乾燥室。当時の面影と名前を残したまま、喫茶やバーとして再生されています。

スキーブームの頃から、訪れる人々のウェアや道具を乾かし、蔵王の冬を見つめてきた空間。その記憶を消し去って別のデザインへ置き換えるのではなく、かつての用途を新たな体験の中心に据えることで、かえって新鮮な場所が生まれていました。長い時間をゆっくりと吸い込んできたような佇まいの中で、高湯通りの歴史に思いを馳せながら味わうお酒は、きっと格別なものになるだろうと想像しました。

古い建物を残すとは、形だけを保存することではありません。
そこで営まれてきた記憶を読み取り、現代の人が体験できる形へ編集し直すこと。喫茶乾燥室には、そんなリノベーションの面白さが凝縮されていました。
硫黄の香りと湯気の中を歩く
三浦屋から外へ出ると、高湯通りは緩やかな傾斜とともに続いています。
風情ある細い路地には硫黄の香りが立ちこめ、共同浴場や源泉から上がる湯気が、通りの風景を柔らかく包み込んでいました。湯気の向こうに見える建物、石畳を歩く音、漂う硫黄の香り。時間を忘れてしまうような、幻想的な世界が広がっています。
一方で、グリーンシーズンの蔵王を歩く中では、豊かな自然や静けさだけでなく、人通りの少ない場所や、まだ十分に使われていない建物など、現在の温泉街が抱える課題も目にしました。

「地域の魅力だけでなく、現在抱えている課題も含めて見てもらいたい。」
井上さんからのメッセージには、そのような率直さも込められていました。
課題を隠すのではなく、ともに考える関係をつくる。その姿勢もまた、地域間の交流や連携を育てるうえで、大切なことなのだと思います。
食卓を囲み、地域との距離が近づく
夜は、井上さん、岡崎さんをはじめとする山形の皆さんと食卓を囲みました。
山形の郷土料理に加え、ジンギスカンや山形牛、山形の地酒など、その土地のご馳走を存分に味わいました。

料理を囲み、酒を酌み交わし、視察中には聞き切れなかった話にも耳を傾ける。正式な説明の場だけでは見えなかった人柄や関係性に触れることで、地域との距離が少しずつ縮まっていくのを感じました。そして何より心を動かされたのは、井上さん、岡崎さんをはじめ、山形側の皆さんが見せてくださった温かいホスピタリティでした。
地域の魅力は、自然や建物、食文化だけで生まれるものではありません。
訪れた人を迎え、自分たちの土地について言葉を尽くし、ともに時間を過ごそうとしてくれる人の存在によって、その風景はより深く心に残ります。
地域をつくるのは、やはり人
今回の視察を終え、私たちが井上さんへ送ったメッセージには、こんな言葉を記しました。
「地域をつくるのは、やはり人なのだ」とあらためて実感しました。
それに対し、井上さんから返ってきたのが、次の言葉です。
「場を作るのはヒトの想いであり、共感がその輪を広げていくように感じています。その最初の数ピースのドミノを動かすのは至難の業ですが、皆様も大島で実践されていることそのものだと、私もお伺いさせて頂いた際に感じました。」

まちに変化を起こす最初の一歩は、完成した制度や潤沢な資金から始まるとは限りません。
目の前の建物や営みを、このまま失いたくないと感じる人がいる。
心がときめく場所に出会い、やらずにはいられないと動き出す人がいる。
その人が最初の一歩を踏み出し、共感する人を一人ずつ増やしていく。
前編で訪れたQ1では、コンセプトが空間や事業を貫く姿を見ました。コパルでは、そのコンセプトを、人の心や振る舞いが生きたものへ変えていました。そして蔵王温泉では、人の想いから生まれた小さな拠点が、通りや地域全体へと広がっていく過程に触れました。
思想から人へ。
人から場所へ。
そして、場所からまちへ。

3日間を通して私たちが感じたのは、持続可能な地域をつくるためには、経済合理性だけではなく、地域に蓄積されてきた文化、人と人との信頼、自然や風土との関係を、複合的に捉える必要があるということでした。
立派な施設や豊かな自然は目につきやすいものです。けれども、その魅力を未来へつないでいくのは、地域に向き合い、最初の一歩を踏み出し、周囲へ共感の輪を広げようとする人たちです。島嶼と山間。伊豆大島と蔵王は、自然環境も文化も異なります。それでも、自然や風土とともに歩んできた人々の営みを、次の世代へどうつなぐかという問いには、通じるものがあります。
WELAGOも、施設の中だけで利用者の時間を完結させるのではなく、伊豆大島へ入っていくための入口になれるはずです。
WELAGOで働き、周囲の自然を歩き、店舗を訪ね、地域の人と出会う。そこから生まれた関係が、再訪や共同プロジェクト、新しい活動へとつながっていく。
一つの場所を充実させるだけでなく、周囲にある人、店、自然、文化をつなぎながら、地域全体の魅力を高めていく。山形で出会った人々の姿から、これからのWELAGOと伊豆大島を考える、たくさんのヒントを受け取りました。
今回生まれたつながりを一度きりの視察で終わらせず、伊豆大島と山形、島嶼と山間という異なる地域が、互いの実践や知恵を持ち寄る関係へと育てていきたいと思います。
